西野亮廣と冒険家アムンゼンの共通点は?やるか、やらせるかの大きな違い
西野亮廣さんの、「事業継承に盛大に失敗した話」という記事を読みました。

この話を聞いて、僕は「人類初の南極地点到達の逸話」に似てるなぁ…と思いました。
これは、世界的なエピソードである南極点到達の逸話です。

みんな、南極点に初到達したアムンゼンは知ってますよね?
彼の人生は、北極点到達のために捧げられてきました
でも、1909年に、アメリカのピアリーに北極点到達を先に越されてしまった、あのアムンゼンです。
北極到達失敗の、その直後に、「じゃあ、俺は南極点到達にするわ!」って言って、1年後の1910年8月に南極大陸に向かった、あのアムンゼンです。

1年後ですよ??落ち込んだりしないの??
スイマセン、誰も知らないですよね?
でも、このアムンゼンっていう偉大なる探検家と、西野亮廣さんが似てるんですよ。
イカれっぷりが!!
今回は、アムンゼンと西野亮廣の共通点について考察していきます。
そうすることで、今回の「西野亮廣が事業継承に盛大に失敗した理由」の根幹が見えてきます。
西野亮廣と冒険家アムンゼンの共通点!
まず、アムンゼンと西野亮廣さんの共通点は、「目標に向かう熱量がえげつなくて変態的である」と言うことです。
そして、その熱量はエリート集団をもってしても異常レベルなのです。

もう、変態としかいいようがありません!
今回の西野亮廣さんの記事を読んで、「アムンゼン隊VSスコット隊」と重なり
あぁ歴史って、本当に繰り返すんだなぁ…と思ったところです。
まず、西野亮廣さんの事業継承の失敗についての記事を要約すると、以下のとおりです。
- 若手に事業承継を試みたが、うまくいかなかった
- 後継者は責任や負荷に耐えきれず離脱
- 仕組みの問題だけではなかった
- 実は「任せたい」より「自分が降りたい」気持ちがあった
- 任せると逃げるは紙一重
- 結局すべて自分で巻き取り直した
ここで大切なのが、任される人というのは優秀であっても変態ではないということです。

優秀だから任されるんですが、変態ではないのです。
まさに、アムンゼンvsスコットも、変態vs秀才の戦いです。
アムンゼンは、南極地点に行きたくて行きたくて仕方ない人です。
対するスコットは、南極地点に行くことを命じられた人です。
さあ、変態西野亮廣と、秀才チムニータウンスタッフという観点で見てみましょう。
南極点を「目指した人」と「命じられた人」
アムンゼンは、イギリスのスコット隊と競争をくりひろげ、1911年12月14日に人類発の南極点に到達しました。
スコット隊の南極点到達は、それより約1ヶ月後であり、しかも帰路に遭難し全員が死亡しました。
また、このエピソードにより、アムンゼンはすごくて、スコットはダメみたいな印象を持たれてしまいました。
これがまさに、西野亮廣はスゴくて、チムニータウンスタッフがダメみたいな印象になってしまうのではないかという懸念です。

チムニータウンのスタッフはめちゃくちゃ優秀です。
中堅会社員で、若手を育てている僕が言うのだから間違いありません!
そして、スコット隊もめちゃくちゃ優秀です。
アムンゼンの変態すぎる逸話
アムンゼンは、14歳の時に、探検家フランクリンの「北極圏探検記」を読んで、北極探検を志しました。
もう、この時点で前人未到の北極点に行くって決めてるんですって!
しかし、同じ年に父を亡くし、母の希望で医者を目指して大学にいきました。

母親思いのいい子ですね。
しかし、21歳で母を亡くすと探検に生涯をかけるため大学を去って軍隊に入ったのです。
良くも悪くも自由になってしまったんだね。
さて、ここからが変態エピソードです。
本多勝一さんの著作から紹介します。
変態エピソード①真冬に窓を開けて寝る
アムンセンは、極寒の地への旅立ちにそなえて、真冬でも寝室の窓をあけっぱなしにして、寒さに耐えれる身体にしていきました。
母親は心配して注意したが、アムンセンは「新鮮な空気が好きだから」といいわけをしたのです。

エピソードがアホすぎる!!
ちなみに西野亮廣さんは、若い頃に梶原さんが失踪から戻ってきた時に、土下座して謝っている梶原さんに対して…
全裸でギターをポロンって鳴らして、「ええで」って許したというエピソードがあります。


エピソードがアホすぎる
変態エピソード②兵役を力技で突破する
ノルウェーには兵役の義務があります。
厳しい環境に身をおきたいアムンゼンにとっては、軍隊はもってこいのシステムです。
しかし、アムンゼンは近眼だったので、兵役に合格できないかもしれなかったのです。
その時に、アムンセンがとった作戦がコレです。
身体検査で、軍医に鍛錬された身体をみせつけたのです。
感心した軍医は、「なんて見事な体格だ!」と、となりの部屋にいた将校たちを呼んでアムンセンの身体を見せているうちに、眼の検査をすっかり忘れてしまったのです。

嘘みたいな本当の話です
ちなみに西野亮廣さんは、梶原さんとラジオ収録中に、CMの間に梶原さんがトイレに行った隙に、梶原さんのオレンジジュースとオシッコをすり替えるという、とんでもないイタズラをしています。


嘘みたいな本当の話です
スコットは仕事が早い男なのである!
アムンゼンと西野亮廣さんの変態っぷりは伝わったかと思います。
対するスコットは、超優秀なエリートです。
イギリス海軍は、国家の名誉を懸けてスコット大佐に南極点到達を命じました。
アムンゼン隊は1910年8月9日に出発しました。
スコット隊は、それより2ヶ月も早く6月1日に出航したのです。

できる男は、仕事がはやい!!
優秀すぎる!!
勝負は、先に南極点についたほうです。
1800年代は、前人未到の地にいくことが国家の威厳でした。
※その後は「月に行くこと」が国家の威厳になりました(アポロ計画)。
スコットさんは、結果的には2ヶ月早く出航しましたが、アムンゼン隊より1ヶ月後に南極地点に到着し、惨敗をしました。
この逸話だけで、スコットさんの評価は低いですが、とてつもなく有能な方なんです。
ここがチムニータウンスタッフと被るわけです。
チムニータウンスタッフも優秀です。
そもそも、普通の人と違う光るものがあるからチムニータウンスタッフになれたわけで、さらにクビにもならず事業を任されたわけです。
では、スコットとアムンゼンは何が違ったのか??
この違いこそが、今回の西野亮廣とチムニータウンスタッフの違いだと考察します。
それは「やるか」「やらされるか」です。
アムンゼンと西野は「経験」と「失敗」から学ぶ!
アムンゼンは、15歳から身体を寒さに強くするために、自ら寒いところで寝るという訓練を自発的に行う変態です。
また、何事も経験して失敗から学ぶスタイルです。

北極点到達で学んだのは、犬ゾリです。
寒冷地を移動するには犬ゾリが適していると、経験から学び採用しています。
西野亮廣さんが、エンタメの世界の「失敗」に注目し続けたことと、経験からの学びからデタラメな事業を作り上げています。
そして、西野亮廣さんのすごいところは、他の人から見たらぶっ飛んでるようなスピードで企画を練り上げますが、超高性能なブレーキを兼ね備えているところです。

損切りのタイミングが異常に早いんです!!
西野亮廣さんは、「速く動くのに必要なのは、アクセルではなく、状況を見極めて止まれる高性能なブレーキだ」と言っています。
さて、スコットの話ですが、彼は「馬と人力」での移動を選択しました。
というか、普通に考えたらそうしますよね。
だって、犬ゾリなんて乗り物知らないんだもの。

そんな、寝ても覚めても、北極や南極に行くことし考えてなくて、冬に窓開けて寝る訓練してるような人と、優秀とは言え一般人とは発想が違います。
寝ても覚めてもエンタメのことしか考えてない西野亮廣さんと、アムンゼンは何か同じ匂いを感じますよね。
チムニータウンスタッフは、南極大冒険みたいな企画を渡されるようなものなのです。
サバイバル術の取得し
アムンゼンは、南極地点の到達のために、サバイバル技術を取得してます。
犬ゾリだって[「犬がいればいい」わけではなくて、ちゃんとした犬ゾリ技術が必要なわけです。
そんで、南極に大型犬を52匹連れて行ってます。

52匹ですよ?小学生のクラスより多い!
その他にも、スキー、毛皮で服を作る方法、こまめに食料と燃料を埋める「デポ」という登山技術です。

やばいですよね。
どれひとつとっても、一朝一夕で身につくものではありません。
でも、どれか欠けていたらこんなに速く南極地点に到達できなかったのです。
西野亮廣さんが、「夢と金」や「革命のファンファーレ」等のビジネス本で書いたように

絵本(作品)を作るだけ作って、届ける努力をしないのは育児放棄だ!
だから、お金と向き合って、作品が届くまでに必要な技術があるなら、それは全て実践する。
という変態っぷりも、2人に共通してますね。
ライバルは敵じゃない
そして、ここが西野亮廣さんとアムンゼンが似てるなーと思ったし、大好きな点です。
アムンゼンは、南極地点にノルウェーの国旗を差しました。
通信技術の乏しい当時ですから、スコットは気がつくはずもありません。
スコットも1ヶ月遅れて南極点に到着しましたが、そこには既にノルウェーの国旗があり落胆します。
だが、そこにはアムンゼンが、後から来るであろうスコットのために、食料と燃料と防寒着、そして手紙を置いていったのです。

やりそー!西野やりそー!
アムンゼンは、ライバルは同じ志を持った仲間として見ていて、敵としてはみていないのです。
「ざまぁみろ」という言葉が、まったく似合わないのが西野亮廣とアムンゼンの共通点ですね。
しかし、残念ながら、その後スコット隊は悪天候に見舞われ全滅してしまいます。
さらに残念なことに、西野亮廣さんはカジサックさんにとんでもない手紙を残しています。
スコットの偉大なる功績
この逸話でスコットは、大自然を甘く見た男みたいに語られます。
でも実は、スコットにはアムンゼンにないすごい功績があるんです。
アムンゼンが南極点を目指した目的は、「誰よりも早く南極点に立ちたい」。
それだけです。
なので、南極における学術的な研究は一切してません。

マジでなんの研究材料も持ち帰りませんでした。
対するスコットは、南極点には「人類の進歩に役立つ、未知の学術的な物質があるはずだ」と考え、南極から特殊な鉱石(15キロ)を持ち帰りました。
そして、死んでもその鉱石だけは捨てずに守り続け、遺体と共に発見されました。
これすごくないですか??
生きるためなら、普通は15キロの荷物なんて捨てますよね?
この二人の話を聞いたら、どっちがすごい
どっちが秀でてるとかじゃないことがわかりますよね。
やるか、やらされるか?
良いか悪いかは別として、変態と秀才の違いがあるのです。
その違いとは「やるのか、やらされているのか」の違いです。
スコットは大自然を甘く見ていたわけではありません。
チムニータウンスタッフも、エンタメを甘く見ていたわけではありません。
ここに、アムンゼンとスコット、西野とスタッフに根本的な違いがあるんです。
アムンゼンと西野亮廣は、ほぼ野生の変態なんです。

自ら、やりたいことをやるタイプなんです。
結局は、やらされるやつ(スコット)は、やりたいやつ(アムンゼン)には、絶対に追いつけないんです。
だから、秀才(スコット)に、変態性(アムンゼン)を求めちゃいけないんです。
おそらく、西野亮廣さんという変態のまわりには、多くの変態が集まっているでしょう。
演出の吉原光夫さんや、照明のイジツさんや、空間デザインの只石快歩さんなど、とにかく天然物の変態が多くいるわけです。
出展:すんごい舞台を創る人達
西野亮廣もチムニータウンスタッフも、ただただエンタメ業界を生き抜いているのです。
そして、そんな彼らが作る映画が2026年3月27日に公開されます。

楽しみにしましょう!
以上、かめぴょんの鮮やかな「えんとつ町のプペル」の宣伝でした。
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